暴力団などが絡んだ「昭和・バブル期の地上げ屋」と何が違うの?
大手不動産会社などから依頼され、地主や借地・借家人と交渉して土地の売買契約や物件からの立ち退き契約を取り付けることを生業とするものを通称「地上げ屋」と言います。
「地上げ」とは本来は悪いことだとは限りません。
「地上げ」行為の具体的なイメージは、自治体による土地の再開発計画や不動産会社が事業用に大きな土地を確保したい場合など、居住者や利用者を立ち退かせてそれぞれの土地をまとめて広い土地を確保する、というものがあります。こうすることでより大きな建物マンション、ビルを建設できるので新たな土地活用が期待できます。
その際に本来は、居住者は不当に退去させられることがないよう、「借地借家法」という法律で住む権利を守られています。
また、土地の売買を行うのは宅建業者の免許をもつ不動産専門の会社ですので、売買に際しての居住者への立ち退き交渉においては宅建業法に基づく高度な説明責任が求められ「信義誠実にその業務を行わなければならない」責任を負います。ですから本来は、立ち退き料や退去の時期について丁寧に合意を取りながら進めていく必要があります。
「バブル景気」における「地上げ屋」イメージ
1980年代後半から1990年代初めごろのいわゆる「バブル景気」時代には、「地上げ」行為においては暴力団が関わるような暴力・脅迫行為がみられたり、その一方で不動産会社が金融機関と結託して異常に高額な立ち退き料を積んで足元を見る、というような強引な行為が横行しました。
こうした中、宅建業法を厳しく運用することを目的として通称「昭和62年通達」と呼ばれるものが当時の建設省から出されました。趣旨は、「最近の東京を中心とする異常な地価高騰下における悪質な地上げや投機的土地取引等は大きな社会問題となつており」「不動産関係業界団体に対し、『不動産業における信頼ある経営の確立』を求める」というものでした。
具体的に「宅地・建物の売買によりその所有権を取得する際に行う、借地人からの借地権の買い取りや借家人の立ち退き交渉も宅地建物取引業に関する行為に含まれ、宅建業法による規制を受けるという解釈」は不動産業界の注目を集めました。

一般的に不動産業者といえども、自分が買い取った建物について賃貸借契約をもつ住人と自ら行う立ち退き交渉は「宅建業法の縛りを受けない」と言われてたんだ。宅建業法2条2号が根拠なんだって。

通称「昭和62年通達」において、宅建業者による「土地や建物の売買に際して行う」立ち退き交渉を「地上げ行為」とみなして宅建業法の規定を受けると明記したよ。いわゆる例外規定なのね!
「令和の地上げ屋」の登場
「バブル景気」の崩壊とともに、地上げ行為もなりを潜め、「地上げ屋」という言葉もあまり聞かれなくなっていきました。
しかし、近年の地価の高騰で、バブル経済期のような「投機的な土地の取引」が増えてきています。ところが、地上げ行為も昔のようなあからさまな暴力をふるったり高額な立ち退き料など「札束で顔を殴る」ような古い手が使われることは少なくなりました。
「令和の地上げ屋」の登場です。
「株式会社ATC」のホームページ(2024年4月時点)を参考に具体的にみてみます。
「入居者問題により」「売却査定すら断られて」しまうところ、株式会社ATCは「入居者問題の解決」(立ち退きなどのお手伝い)を含めて買い取る、という内容のことを謳い文句にしています。
これはどういうことなのでしょうか? 一つひとつみてみます。
「売却査定すら断られて、、、」→不動産の「投資」と「投機」売買の違い
例えば賃貸アパート一棟丸ごと買い取る際に、「そのアパートにいくつお部屋があって、それぞれ家賃がいくらになるから、アパートを買い取って賃貸人(大家さん)になった場合、一年で〇〇円、10年すれば〇〇〇〇円の家賃収入になるなぁ」と考えて購入することを「投資的」買い取りと言います。
一方、「買い取った後にアパートを取り壊して更地にして売ってしまえば、地価で売り飛ばすことが出来るから、利鞘(りざや)で〇〇〇〇円儲けられるなぁ」と考えて購入することを「投機的」買い取りと言います。
人が実際に住んでいる賃貸アパートの場合、住人は「借地借家法」で手厚く守られるので、取り壊す前提で買い取ることは出来ません。上記で言えば、家賃収入によって収益を得る目的の「投資的」買い取りとなります。その場合、その賃貸アパートが実際にいくらで売買出来るかという実際の値段を計算する方法として、例えば「収益還元法式」という計算などで売買の金額が決まります。
「収益還元法式」では、家賃収入がいくらになるかが大きなポイントになりますが、人が実際に住んでいれば、早々家賃を上げたり下げたりは出来ません。
しかし、周辺の土地が急激に高騰していく場合、賃貸アパートの現在の大家さんの身になれば、「アパートを取り壊して更地にして売ってしまえば、短期間で手っ取り早く儲けになる!」という心理が働きます。
特に近年、東京・23区の地価が高騰していくなか、これまで普通に賃貸経営されていて建物にも住人にも何の問題も無い優秀なアパートであっても、大家さんにとっては「投機的に売ってしまいたい」「今売らないと損する!」気持ちが高まります。
しかし、法令を遵守する真っ当な不動産業者なら、いくら土地が欲しくても、借地借家法に守られる住人の権利を脅かすような買い取りは出来ません。宅建業法における「他法令違反」(宅建業法に基づく不動産の売買業務において他法令・・・ここでは具体的に借地借家法・・・に違反する内容が含まれること)として規制の対象となります。大家さんが「売りたい」と持ちかけて来ても「売却査定すら断られて、、、」しまいます。つまり見積もりもしてもらえない「入居者問題」というレッテルの誕生です。
令和の地上げ屋の巧妙な手口
上記の株式会社ATCのホームページでは、「入居者問題の解決」「(住人の)立ち退きなどのお手伝い」と大々的に謳っています。実際にはどうするのでしょうか?
宅建業者が住人の居る賃貸アパートをそのまま買い取って、自分が賃貸人・大家さんになって、自ら「立ち退き交渉」を行うのです。

「地上げ」行為だとバレないように上手くやれば、自分が大家として賃貸業務の一環として立ち退き交渉をする行為は、見た目には、宅建業法2条2号によって宅建業法の規定を受けないという作戦だね! 上記の「昭和62年通達」をすり抜けようって魂胆だ。

それともう一つ。宅建業者として大家さんの「代わりに」住人との立ち退き交渉を行うと、その「立ち退き交渉」は弁護士法で規定される「法律事務」となって、弁護士法72条違反となるんだ。つまり、弁護士でないものが報酬を目的として法律事務に関わることで、いたずらに市民生活に紛議・争いごとを持ち込むことを防ぐ趣旨だよ。
しかし買い取って自分が大家さんになってしまってから、こっそり自分で立ち退き交渉を行ってしまえば、見た目には弁護士法72条違反には見えない、ってところを狙ってる。ずる賢いんだね!
当然、上記でカッキーさんやノッキーさんが指摘する「抜け道」には違法行為として大きなリスクが伴います。
当時建設省通達であった「昭和62年通達」の文言・趣旨は、現在の国交相通達「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」にも明記され引き継がれています。土地の売買に伴う立ち退き交渉と認められれば「地上げ行為」として悪質な行為がないか監督省庁の規制を受けることとなります。具体的には、「建物の取り壊しは既に決定済みです」など借地借家法に関して嘘の説明をして立ち退きを迫ることがあれば、宅建業法第六章の監督の規定のうち65条2項5号「不正又は著しく不当な行為」として業務停止命令が出されることもあります。
これまで何の問題も起こさず普通に暮らしている住人が、通常であればそう簡単に立ち退きに応じる訳はありません。丁寧に時間をかけて交渉をして時間をかけるほど、土地・建物の購入に当てた資金の回収は困難になり「投機」目的の不動産業者としては大火傷を負うこととなりかねません。
また、不動産業者による「買受け→住人の立ち退かせ→転売」という地上げ行為が弁護士法72条の禁止を潜脱(センダツ つまり抜け道)する目的として弁護士法73条違反として認定された裁判例があります(熊本地裁 平31・4・9 判例)
特に上記の株式会社ATCのホームページ広告をみると「入居者問題の解決」をはっきりと打ち出しています。「問題」としてそこに「紛議(ふんぎ)」が生じ、「非弁活動」として解決にあたることを前提とした売買であることがはっきりと意識された上での宣伝文句です。「弁護士法72条の禁止を潜脱」する行為として悪質です。
いずれにしても、大手の不動産業者はそのようなリスクを負わなくとも真っ当に取引を行います。地価高騰のなか、不動産売買のノウハウに乏しい中小の不動産業者が一攫千金を狙って危うい取り引きを行うか、昭和のバブル景気から長きに渡って法令違反ぎりぎりの業務を続けてきた「確信犯」が「令和の地上げ屋」となります。
「令和の地上げ屋」が私たちの暮らしにもたらす本当の恐ろしさとは、、、
特に都市部では、地域住民としてごく普通に暮らす住人の生活が脅かされつつあります。
賃貸物件として何の問題も生じていないアパートが、「投機」目的で売買にかけられていきます。特にアパートの家賃が低く抑えられているようなアパートは「投資」目的では大家さんの視点からは収益を上げることに限界があるため、投機物件として狙われることになります。「〇〇町」など昔ながらの町の名前が残る、小さな建物が並ぶ住宅街などは、都市開発としての大規模な開発計画を立てることは難しいため大手の不動産会社もなかなか手をつけられません。そのおこぼれとして、中小の不動産会社が狙ってくることとなります。
こうした売買が続けば、つましく暮らしていた住民が住める場所が奪われていきます。「柿の木訴訟」をたたかう平出恵津子さんの肉声は切実です。非正規雇用として将来の昇給も望めない中、突然に引っ越しを求められても気がつけば周りのアパートの家賃が値上がりしています。引っ越しを繰り返す中で、いつか自分は住まいそのものを奪われるのではないか、、、この肉声は、平出さんだけのものではなく、ごく普通に暮らす多くの地域住民に繋がるものなのかもしれません。